花弁の行方
400文字の一幕
紅の衣装を纏った、女神とも呼ばれた踊子の舞を町の住民たちが歓迎する。酒場に作られたささやかな舞台から見渡す観客たちの表情は、どれもこれも期待に満ち溢れていた。
と、彼女はその中にひとり、知っている顔を見つける。初めて見る顔が並ぶ中、彼の表情だけは見慣れた懐かしいものだった。だが、踊子はそれをおくびにも出さず、見た者を楽しくさせる魔法を魅せきった。
舞台から降りた踊子を、彼──かつて旅路をともにした薬師の青年が、相変わらずの気安さで迎える。テーブルの上にはグラスがふたつ用意されていた。
「久しぶり。気が利くじゃない」
だから、彼女も相変わらずの小憎らしさで応えてみせた。それなのに。
──ずっと、会いたかったんだ。
惜しみなく開かれた笑顔を目の当たりにした今、自分こそこの一幕を求めていたのだと、心の底から揺さぶられるほど思い知る。
紅い薔薇の花弁が、ほろり、ほろりと散っていった。