君が幸福を願う夜
*
翌日のフレイムグレースはぐずついた天気であった。大聖堂の向こうに見える空には灰色の雲が重く垂れ込め、断続的に雪粒がちらついている。
「ま、吹雪かないだけマシね。十分いい買い物日和だわ」
目抜き通りの入口で、腰に手を当てた商人トレサがにやりと笑った。そして、隣に立った青年を見上げて言う。
「それじゃアーフェン? 早速行くわよ」
「おう、頼むぜ」
薬師アーフェンは軽い調子で頷き、トレサの被っている帽子の上にぽすっと手を乗せた。だが彼の茶色の瞳は、まるで難病の治療に臨む時のように真剣そのものである。
「わりぃなトレサ、付き合わせちまってよ」
「いいってことよ」
アーフェンの口真似をしてトレサが笑った。
「買い物なんでしょう? だったらあたしもいろいろ見て回れるし、それにお客様の望むものをお届けするのはあたしたち商人の使命だもの。……ところで、どれくらい考えてるの?」
そこで、アーフェンは今日の目的について訥々と説明した。形状と用途と、彼なりの願いの中身もやんわりと。トレサは聞きながら瞳を輝かせる。
「ふむふむ、これは難題ね」
「やっぱそうだよな……売ってっかな?」
「いざとなったら注文という手もあるわ。ただし、本人が同席しないとだけど」
「あ、それだけどよ、これって使えねぇか?」
そう言って、アーフェンは薬師の鞄から一枚の紙を取り出す。丁寧に畳んでいたそれを広げてトレサに見せると、彼女は目を丸くした。
「わ、すごいわ。いつの間にこんなもの……あ、分かった。フロストランド入る前ね」
「おう。そん時からちっと考えててさ」
「なるほどね……うん、本当に使えるかは職人さんに聞かないと分からないけど、その心意気は買ったわ」
任せなさい、とトレサが胸を叩く。
「商人トレサ・コルツォーネの名にかけて、必ずぴったりのものを見つけ出してみせるわよ!」
ぐずついた天気でも、フレイムグレースは賑やかな喧騒に満ちていた。祝祭そのものは立派な宗教行事ではあるものの、巡礼客相手の商売も飯の種に欠かせない雪国ではこんな絶好の機会は逃せないのだ。
普段立たない屋台ではホットワインや揚げパンなどの温かい飲み物食べ物が湯気を上げ、その合間に雑貨や装飾品の屋台も軒を連ねる。武器防具を売る店ですら、普段表に出さないような蔵出し品を店頭に並べて、店員たちが非番の聖火騎士や、日頃は宗教都市に縁のないような旅人たちにも積極的に声をかけていた。
「やっぱり、お祭りなのね。すごいわ」
踊子プリムロゼは目を細めて賑やかな通りを歩いていた。ここは人通りが多い故かきれいに雪掻きもされていて、慣れないブーツでも歩きやすい。というわけで、彼女は並ぶ屋台を端から覗く勢いで見て回ることにしたのだった。
「ノーブルコートもこんなだったかしら」
雪の合間から覗く石畳を見て、今は遠い故郷と遠い思い出を脳裏に描く。もちろんノーブルコートにも祝祭の時期には出店があったはずだが、領主の娘として父とともに町の教会へ行く時に眺めただけだった。だから、こんな風に出歩いて買い物に興じたことはない。
今はもう父もいなければ、故郷の町があの時のような賑わいを見せることもないだろう。たくさんのものを失って、プリムロゼ・エゼルアートはここにいる。
「……あ、このクラップフェン美味しい」
揚げたてのお菓子の香りにつられて、つい買ってしまった。一口齧って、中からこぼれるジャムの甘い香りと生地のさくさくとした歯触りに、寒さで強ばった顔が綻びる。
(これ、ハンイットにも食べて欲しいわね。トレサも喜ぶかしら)
美味しい食べ物を味わいながらも、ついつい浮かぶのは仲間たちの顔だった。こういう時にプリムロゼは実感するのだ、決して自分は空っぽの存在ではないのだと。
失ったものの代わりに手に入ったものがあるとしたら、それは温かい心を持った七人の旅の連れだった。父を失った時、故郷の街を出た時、長く働いたサンシェイドを旅立つ時──こんな大切なものと出会う未来があるなんて思いもしなかった。だからこそ、彼女も彼らの幸せを願って何かをしたいと思っている。
(どうせなら、私らしい形でね。さてと、何がいいかしら?)
ハンカチで指先の油を綺麗に拭き取ると、プリムロゼは揚げパンを出した店主に礼を言って屋台を立ち去った。
なんとなく買う物のジャンルは決まっている。あとは七人の仲間に何を合わせるか、だ。それらしい店の軒先を眺めてああでもない、こうでもないとひとりプリムロゼが頭を捻っていると、どうやら通りの向かいの方から慣れ親しんだ声が聞こえてきた。
「……だから、方向性はきちんと決めないと駄目よ。アーフェンは利便性と見た目とどっちが大事なの?」
「そ、そりゃあどっちも大事に決まってんだろ! そこで選べるかよ」
「選ばないと買うものも買えないわよ。その方向性であたしだって探す物とか、何がいいか助言だってするんだから! ……」
商人トレサと薬師アーフェンの二人連れが、喧々諤々と言い合いながら通りを歩き去って行くところだった。向かいのプリムロゼにはまったく気づいていないらしい。
「ふふ、やっぱり仲いいわよね。あの二人」
微笑ましい風景にプリムロゼがくすりと笑った。一番歳下のトレサは三つ上のアーフェンにも容赦がないし、アーフェンもアーフェンで歳下の女の子であるトレサに遠慮がない。
(……まあ、アーフェンに大人気がないとも言えるかしら)
それどころか言い負かされているようにも見える。真剣に言い合っている様はとても楽しそうだが、一体何の買い物なのやら。
(やっぱり、円卓の祀りに因んだものよね)
しばらく二人の背中をじっと見つめていたプリムロゼだったが、やがて軽く首を振ると自分の買い物に戻って行った。
そして、プリムロゼが見送った二人がどうなったかと言えば。
「……これ、だな」
「そうね、あたしもそれが一番いいと思うわ」
とある職人が構えた店の奥、所狭しと品物が並んだ棚の下、数時間の検討の末辿り着いた答えの前で、二人は揃って頷いた。
「だろう? ウチのとっておきだぜ」
二人の前では店の主人である職人が、自信たっぷりに笑みを浮かべてみせていた。
「この雪国じゃ短過ぎてあんまり使いでがないんだが、そういう事情ならぴったりだろうよ。きっとお相手さんも喜ぶさ」
「うん、本当に最高!」
トレサは品物を手に取り、矯めつ眇めつしてその品の質を確かめた。
「革は柔らかいし、中もあったかそう。それにこのデザイン……とてもアーフェンが見つけてきたとは思えないわ」
「なっ、そりゃねえだろ……これでも考えたんだからよ」
と言いつつ顔を背けたアーフェンの背中を、トレサがバシッと勢いよく叩く。アーフェンはあまりの力に思わず咳き込んだ。
「ばかね、褒めてるのよ! きっと似合うわよ、あたしも早く見たいわ」
「俺もお相手さんが来るのを楽しみにしてるよ。ちゃんと仕上げておくからな」
「おっ、おう……頼むぜ親父さん」
「じゃ、これで決まりね。おじさん、これいくらなの?」
職人が答えた途端、アーフェンがピシリと音を立てたように硬直した。
こめかみから冷や汗を一粒滲ませる薬師に、トレサは呆れて目を細めた。
「……アーフェン〜?」
「い、いや! 払う! あるっつの!」
トレサと同じく顔を引き攣らせた職人に向かって、アーフェンは大げさに手を横に振ってみせた。だが日頃の仕事であまり金銭を取らない主義の彼にとって、この品の値段が大したダメージなことに変わりない。
「はっは、あんたの熱心さに免じてちょっとおまけしてやるさ」
職人は笑って、その言葉の通り端数に色をつけたくらいは値引きしてくれたのだが、支払いを終えたあとのアーフェンからはついついため息が出てしまうのだった。情けなく肩を落とした青年に向かって、トレサが大げさに両手を上に上げてみせる。
「だから、日頃からお金は大事よって言ってるでしょ? こうやって肝心な時に必要になるんだから」
「……おう、今はホントにそう思った」
「そーだぜ兄ちゃん、いつか結婚なんかしたらもっと金はいるもんだ。大事な人を守る為にもな」
「ぶっ!?」
職人の思わぬ一言に、アーフェンは盛大に吹き出してしまう。顔を真っ赤にして大声を上げた。
「なっなっ、俺は別に今すぐ結婚とかそーゆーのは!!」
「あーらアーフェン、誰もプリムロゼさんのこととは言ってないわよ?」
トレサの容赦ない追い打ちに、とうとうアーフェンは絶句してしまった。何か言いたそうにしばらく口をぱくぱくと動かしていたのだが、結局。
「……もう、勘弁してくれ……」
それを聞いたトレサと職人が、腹を抱えて大笑いしたのは言うまでもない。
こうして無事に目的を遂げたアーフェンは、財布に大ダメージを負ったものの、いい買い物が出来た満足感に不思議と心が弾んでいた。まだ喜んでくれるかは分からないが、彼女に似合いそうな望むものを手に入れられたのは、紛れもなく難しい買い物に付き合ってくれた若き商人のおかげだ。
「ほんと、ありがとなトレサ。俺一人じゃぜってー無理だったわ」
「いえいえ! あたしも勉強になったもの。フレイムグレースもやっぱり大きな街だって思ったわ、いい職人さんも同業もたくさんいるのね」
「何か礼するよ。何がいい?」
アーフェンがそう申し出ると、トレサはにやりと意味深な笑みを作ってアーフェンを見上げる。
「えぇ〜、びんぼーなアーフェン君に何が買えるのかしらー?」
「ぐっ……いや、この場くれえはなんとかするっつの! ……その後は色々借りるかもしんねぇけど」
結局正直だった青年に、トレサは冗談よと笑った。
「何も買ってくれなくていいわよ。だけどね……」
商人トレサは薬師アーフェンと別れると、再びフレイムグレースの目抜き通りに戻ってきた。我ながらいい買い物ができた、と、まずは揚げたてのクラップフェンを買って自らの仕事を労う。──きっとあの品を贈られた彼女は喜んでくれるだろう、何しろアーフェンの『幸福を願う』気持ちがいっぱいに込められているのだから。
「わぁ、これ美味しい! みんなにも食べさせてあげたいけど、持って帰ったら冷めちゃうわね」
温かい菓子の美味しさに浸りつつ、アーフェンへ請求した“お代”の内容を聞いた時の本人の狼狽ぶりを思い出し、トレサは一人でくすくすと笑った。照れ屋な彼のこと、きっとそんな反応を見せるとは思っていたが、予想通りというか期待通りというか。
(その時が楽しみだわ。さて……)
クラップフェンの包み紙で指先の油を拭くと、トレサは目抜き通りの端から出店を覗き始めた。今度は自分の買い物をするつもりでいたのだ。
何しろせっかくの『円卓の祀り』である。職業上の知的好奇心を満たすだけでなく、トレサ自身も共に旅をした仲間たちに何かしたいのだった。
「うーん、何がいいかなぁ? まだ旅は続くんだし、あまり大きいものは良くないわよね」
そうやってぶつぶつと独り言を呟きながら歩いていたのだが、どうやら前方不注意だったらしい。
「っわ……!」
店を覗き込んでいた誰かの肩に、思い切り頭をぶつけてしまった。謝るべく慌てて顔を上げたのだが、
「……ん、トレサ?」
「オルベリクさん?」
相手は馴染みの旅連れの最年長、剣士オルベリクであった。
「っ……ご、ごめんなさい、あたし前ちゃんと見てなくて」
「いや、俺の方こそ。大丈夫か」
「平気です。……オルベリクさんも買い物ですか?」
オルベリクが立っていたのは、手造りの人形や縫いぐるみを並べた出店の前だった。日頃『剣でしか語れない』と己を揶揄している無骨な彼にしては、なんというか、似合わない? ──と、つい失礼なことを考えたトレサだったが。
「ああ。……『円卓の祀り』だからな、フィリップに何か買おうかと思ったのだが」
「フィリップ? ……あ、コブルストンにいたあの子ですね。オルベリクさんに向かって剣振っていったあの元気な子」
トレサはすぐに思い出した。コブルストンにはオルベリクの旅にひとまずの決着がついた後で一度立ち寄っただけだったが、ずいぶんオルベリクを慕っていた少年がいたことはよく覚えている。
オルベリクは出店の方へ視線を向けながら、ややぎこちなく頷いた。
「あいつから、前に……まだコブルストンに流れ着いたばかりの頃、贈り物をもらったことがある。それにろくな返しができていないことを、実はずっと後悔していた」
「そうなんですか。……ちなみに、何もらったんですか?」
「手袋だ。母親と一緒に作ったと言っていた」
ふ、とオルベリクが口元を緩めた。
ホルンブルグからの流れ者だった当時の彼は、自らの過去に対する負い目もあってか、コブルストンで用心棒をするようになってもしばらくは村の空気に馴染めなかったものだった。そこへフィリップの贈り物は、オルベリクに単なる物以上のものを与えてくれたのだ。
自分はこの村に受け入れてもらっている。何もできていないはずの自分なのに、ひとりの子どもに贈り物を贈るという行為をさせるに値する何かが、実はできているのかもしれない。──そう思えた時の安堵感と嬉しさたるや。
「少し、小さかったがな。けれど、とても温かい贈り物だった」
「そうなんですね! それはお返ししたいですよね」
「当時は剣の稽古を始めるくらいしかやれなかったが……我ながら不器用だ」
「ふふ、でも男の子にはそれも嬉しいんじゃないですか」
「そうかもしれない。……だが、あの子とあの村の存在が、俺の剣の意味を取り戻してくれた。だからこそ、今改めて何かをしたいと思ったんだが……なかなか良いものが思いつかなくてな」
慣れないことはするものじゃないな、と言ってため息をつくオルベリク。しかしその瞳には、諦めきれない、何かをしたいという熱が確かに宿っている。
そんな目を見てしまえば、商人トレサとして言いたいことはただ一つだった。
「オルベリクさん、あたしが手伝いましょうか?」
「……いいのか?」
オルベリクの目が、ほんの少しだけ見開かれた。そうできたらどんなにか助かる、という顔だ。
「だが、お前の買い物もあるだろうに」
「いいんです。オルベリクさんが何かしたいのなら、役に立てたら嬉しいもの」
「……分かった。ならば、お前に頼ってもいいか?」
「もちろん!」
今日二回目の助っ人ね、とトレサは心の中で呟いて、さっそくお客の傾向を聞き出しにかかる。
「フィリップ君ていくつくらいなんでしたっけ」
「確か……もうそろそろ十になる頃だな」
「なるほど。そしたら、もう縫いぐるみとかは卒業ですよね」
「ああ、俺もさすがにそう思っていたところだ」
苦笑を零して、オルベリクは人形の出店の前から離れた。
「フィリップくんの好きな物って、何か思いつきますか?」
「……むう……難しいな」
通りを歩きながらオルベリクは村での生活を思い返したが、それらしい場面はなかなか出てこない。何しろ自分は剣でしか身を立てられぬ用心棒、余暇と言えばせいぜい自警団仲間とたまに酒を酌み交わす程度で、あとはずっと仕事をしているか修行に励んでいたかだった。
いかに自分が枯れた生活をしていたかを、オルベリクは改めてよくよく実感する。あの時は自分のことに必死で、他人のことに関心を持つ余裕がなかったのだろう。
それでも、その時のオルベリクの心に焼き付いているものはあった。
「……やはり、剣、なのだろうな。稽古をしている時の目が、一番輝いているような気がした」
「じゃあ、それですね!」トレサはぱんと手を合わせて言った。「ここは聖火教の町だし今は祝祭ですけど、武器屋さんも繁盛してるみたいだから、きっといいものが見つかるわ」
そこで二人は屋台が並ぶ通りを抜け、フレイムグレースに元々ある武器屋にやってきた。蔵出し品と銘打った大きな籠には剣や短剣、それに槍や斧などが何本も入っていて、中にはオルベリクも一見しただけでなかなかの業物だと思える品もあった。だが目抜き通りと比べるとどうしても客は少なく、店の中も静かだ。
「……繁盛しているんじゃなかったのか?」
「だ、大丈夫よ! ほら、あそこにいい剣あるじゃないですか」
それはオルベリクなりのちょっかいだったのだが、気づかなかったトレサは慌てて籠から剣を一本引っ張り出してみせる。オルベリクは受け取ると、確かになと呟いた。
「これは……ただ軽いだけじゃないな。刃はいい鋼でできているらしい」
「ですよね! それにこの鍔、たぶんダイアウルフの牙を使ってますよ。確かに軽くて丈夫だけど、この発想はなかったなぁ」
「しかし、少し握りが太すぎるような気がするな。いくら子供はすぐに大きくなるとはいえ……」
「そうですか? うーん、残念」
とはいえ、オルベリクにも今のフィリップがどれくらいの体格なのか、正確には分からないのだった。オルベリクが稽古をつけていた時からはそれなりの時が経っていたし、何しろ育ち盛りの年である、それなりに成長もしているはず。トレサと二人で何本か剣を見比べてみたものの、フィリップ本人の資質をなるべく汲みたい思いがオルベリクにあったので、なかなか決め手がない。
「だったら、剣じゃなくて違うのにしたらどう? 籠手とか、ちょっといい消耗品なら気軽なんじゃないかしら」
「ふうむ……」
少しだけ視野を広げたトレサの提案に、それもそうかと思ったオルベリクだったが、どうしても首を縦に振れないのだった。
「……オルベリクさん?」
「いや……なかなか、イメージがつかなくてな」
苦笑しながら、オルベリクは頭上の灰色がかった空を見上げた。大聖堂の後ろには、雪に霞んだ濃い灰色の山並みが影を作っている──それは、ハイランドの冬景色にもよく似ていた。
「俺も、小さい頃は剣が憧れだった」
トレサは驚いて息を飲んだ。オルベリクの口から、そういう少年だった時の話を聞くのは初めてだ。
「だから、初めて剣を握らせてもらった時は嬉しかったし、……男として認められたようで、気持ちが引き締まったものだ」
「……」
「あの子に剣を与えてやれる父親はいない。……ならば、俺がそうしてやりたいと思ったんだ、……たった今、な」
そして、初めての剣は本当に少年に相応しいものがいい。これから彼が未来への旅路を切り開いていくのに相応しい最初の一本を、生半可なやり方では選びたくない。
初めこそオルベリクは漠然と『彼に合うもの』というイメージで、フィリップに贈る物は剣だと思っていたにすぎないが、今では彼に贈るならば剣だとしか考えられなくなっていた。
「……オルベリクさん」
滅多に言葉で己を語らないオルベリクのそんな姿に、トレサは胸を熱くする。──フィリップくんも慕うの無理ないわよね、こんなに優しくて格好いいんだもの、オルベリクさんて。
「それなら、その気持ちをそのまま贈ったらいいと思うわ」
「? ……どういうことだ」
首を傾げた、不器用で優しい剣士にトレサは訴えた。
「オルベリクさんは、自分でちゃんとフィリップくんに剣を選びたいんですよね。そういう気持ちが……フィリップ君の未来を思う気持ちが、オルベリクさんの中にいる十二神の遣いだって、あたしそう思ったんです。……だから、手紙書きましょう。それで、約束したらいいと思うんです。
今度コブルストンに帰ったら、フィリップくんの為に剣を選びます、って」
「……」
「きっと、フィリップくん喜びますよ」
「……約束、か」
──“帰ってくるまでに、もっと強くなって待ってるから”
オルベリクが再び村を出る時、そう言ったフィリップは泣きそうに笑っていた。そうして交わされた約束の通り成長を楽しみにする気持ちは、確かにオルベリクの旅路を支えている。
もし、オルベリクから約束をもちかけたとして、それがフィリップの成長を支える力になるのだとしたら。
「悪くない、かもしれんな。……俺はどうにも筆不精だが」
「大丈夫よ、オルベリクさんの気持ちをそのまま書けば。……そうと決まれば、さっそく便箋と封筒ね! 『円卓の祀り』だから、特別な便箋の柄がいっぱいあったと思うわ」
いそいそと武器屋の前から離れるトレサの背中に、オルベリクはふっと微笑んで言った。
「ありがとう、トレサ。お前に相談して良かったよ」
「とんでもない! あたしは何もしてませんよ」
トレサはぶんぶんと手を横に振った。結局品物の目利きだってほとんどしていないのだから。それでもオルベリクはこう言った。
「俺からも何か礼をしたいのだが……何がいい?」
それを聞いたトレサは、思わず吹き出してしまった。当然オルベリクが首を傾げる。
「……何か、おかしいことを言ったか……?」
「う、ううん、違うの! ほんのちょっと前にもアーフェンから同じこと言われたから」
「アーフェン?」
そこでトレサは、オルベリクの前にアーフェンの相談にも乗っていたことを簡単に説明する。オルベリクはとても興味深く思ったようで、口の端に笑みを浮かべながらトレサの話を聞いた。
「なるほど、お前の目利きは確かに『円卓の祀り』に一役買っているんだな」
「一応、それが仕事ですから。……本当に喜んでもらえるかは、まだ分からないんだけど」
「それで、お前は何か欲しいものはないのか?」
「欲しいものかぁ……アーフェンに言われた時も、実はちょっと考えたんですけど」
書きやすい羽ペン、新しい帽子、品物が映える敷物、甘いお菓子。たくさんの素敵なものを知っているトレサだから、無論欲しいものはいくらだって思いつく。けれどそれ以上に、トレサには見てみたいものがあった。
「商人って、その場のお客さんのことはよく分かるんだけど、買ってもらったものが本当にその人を幸せにできているのかは、なかなか見ることができないんですよね。……だから、失礼だとは思うんですけど、教えて欲しいんです」
「教える?」
「はい。手紙が届いたあと、フィリップ君がどう言ってくれたのか……オルベリクさんの贈り物が本当に喜んでもらえたのかを、教えて欲しいんです。……あたしの腕がどれほどのものか、それで確かめられるかな、って思ったから」
「……そうか」
オルベリクは重々しく頷いた。その表情を、トレサは見ることができない。──単に身長差というだけでなく、差し出がましいお願いをしていることを重々承知していたから。けれどオルベリクは頷いて言った。
「構わない。それがお前の糧になるのなら、惜しみはしないさ」
「! ……ほんとですか」
ぱっと顔を上げたトレサの目に映ったオルベリクは、優しい微笑みを湛えていて。
「やはり、お前はただの商人ではないな。ウィンダム嬢の時も思ったが……単に物を扱うだけで終わらず、そこまで人の心に寄り添える商人はなかなかいない」
「……オルベリクさん」
「お前こそ、十二神の遣いと呼ばれるのが相応しいかもしれんな」
オルベリクがぽん、とトレサの肩を叩く。その手の大きさと温かさに、トレサはもう贈り物を貰った気分で笑ったのだった。
「みんな、今頃買い物にいそしんでる頃かしらね」
暖かい暖炉の傍、小さなテーブルの上でお茶の入ったカップを傾けながら、聖火騎士エリザは笑った。
「……ああ、そうだな。トレサもプリムロゼも朝早くから出て行ったらしいし」
その向かいで、狩人ハンイットもお茶の相伴に預かっている。久しぶりに会う友人同士のゆっくりとした時間は、日頃から自然の中を歩き回っているハンイットにしても心地いい時間だった。
「『円卓の祀り』だものね。贈り物の買い物は捗るわ」
「エリザは今日仕事じゃないのか?」
「私は今日ありがたいことに非番なのよ。その代わり、明日は大聖堂の警邏でしゃかりきだけれどね」
そう言ってエリザは苦笑した。明日は祝祭当日、大聖堂では大々的に式典が執り行われることになっている。彼女は聖火騎士のひとりとして、式典の間やそのあとにも、各地から訪れる大勢の巡礼客の安全を見守らなければならない。
「そうだな、わたしも明日は式典に行くよ。オフィーリアも今頃頑張っているのかな」
「きっとそうね、何しろ式年奉火のあとだし。……ところでハンイット、あなたは買い物はいいの?」
何気ないエリザの問いに、ハンイットはぴくりと肩を強張らせた。その問いは見事にハンイットの悩みを突いていたからだ。
「……それなんだが、どうしたらいいか分からなくて」
「あら」
エリザの瞳が好奇心に輝いた。いかにも興味津々といった彼女の瞳に一瞬ハンイットはたじろぐが、それでも訥々と話す。
「わたしは、今年まで『円卓の祀り』を知らなかったし……贈り物をあげるようなことも、今までなかったから。……旅の仲間に感謝しているのは本当だから、何かは贈りたいと思うんだが……何をどうしたらいいのか分からないんだ」
「ふむふむ、なるほど。……そうね、贈り物といったらその人の欲しそうなものか、その人に合うものを選ぶのが常套だけど」
そこまで言って、エリザは苦笑する。ハンイットがそういうものを選ぶのが苦手なことはなんとなく分かっていたからだ。
「別に、感謝の気持ちや幸福を願う気持ちは、物にしなくたっていいのよ?」
「……そうなのか?」
「『十二神の遣い』は、人によって姿かたちが違うの。つまり、あなたにできる形で表せばいいのよ」
「……わたしにできる形で、か」
「たとえば言葉でも、行動でもいいの。大事なのは、その中身だから」
ふむ、と唸って、ハンイットが眉をしかめて考え込む。そんな友人の様子を、エリザは微笑ましく見守っていた。
「……なかなかいいアイデアは出ないものだね」
道の端で、学者サイラスはふっとため息をついた。しんと冷え切った空気に白いものが舞う。その向こうにはこの街で一番大きな建物が見えて、やれやれここまで来たかと苦笑した。
目の前に聳えていたのはフレイムグレースの大聖堂である。贈り物のアイデアを求めて目抜き通りを歩いていたはずが、いつのまにか着いてしまったのだ。
「やあ、これはすごいな」
知った建物ではあったが、いつもと違う装いを見せたそれにサイラスは感嘆した。
聖堂へ続く階段の桟や門柱は十二色のリボンが飾られ、白と灰色に染まった雪景色に鮮やかな彩りを与えている。幾重にも弧を描きながら連なるリボンを束ねる箇所には、オルステラ十二神のシンボルを象った大きな硝子細工が据えられ、雪がちらつく曇り空の下で鈍い光沢を放っていた。硝子細工の上にはランタンを下げる柱も立てられていて、ここに火が灯り硝子を照らせばさぞかし幻想的な光景となるだろう。今が夜でもなければ、曇って太陽の光がないこともサイラスは惜しんだ。
「聖火教の祝祭で、これだけ華やかな装飾を施すとは。……『円卓の祀り』が、人々に寄り添う祝祭であることがよく分かるね」
贈り物のことで悩んでいたのも忘れ、サイラスは興味津々といった体で大聖堂の周りを見て回った。粉雪の中、時折神官たちや聖火騎士が出入りしている。聖堂の窓からは中で忙しく立ち働く人々の姿も見え、いよいよ式典の準備が大詰めに入っていることをサイラスは悟る。
今頃オフィーリアも、明日の式典に備えて中で働いていることだろう。そう思うと聖堂の周りをうろついて邪魔するのもどうかと思われ、その場から離れることにする。そうしてサイラスが聖堂に背を向け、顔を上げた時だった。
「ん……? あれは」
聖堂を見下ろすように聳える小高い丘。その上に、誰かが立っている。
雪で煙った向こうに浮かぶ、翻るマフラーとポンチョのシルエットには見覚えがある気がする。サイラスはふっと口の端に笑みを浮かべ、丘へと向かった。
丘を登ると、天辺には雪の合間で碧い花が揺れている。そのただなかに立っていた青年に向けて、サイラスは声をかけた。
「やっぱりキミだったか、テリオン」
「……」
振り向いた盗賊テリオンは、あからさまに苦い顔をしていた。面倒な奴が来た、と彼の碧い目が言っている。
テリオンのそんな態度をものともせずに、サイラスは彼の隣に立って景色に感嘆の声を上げた。
「ここから見る大聖堂は素晴らしいな。見てごらん、あのリボンがまるで虹みたいじゃないか」
「……何しに来た」
「いいや、特に何も。たまたま迷って大聖堂に来たら、たまたまキミの姿を見かけたからさ」
本当にただそれだけなのに、テリオンは明らかに疑いの目でサイラスを見ていた。けれど以前の彼なら問答無用でこの場を去っただろうが、今は苦い顔をしながらも拒絶はしない。そこから旅の中でこの青年と築かれた関係を感じ、サイラスは微笑んだ。
「やはり、彼女のことが気になるかい?」
途端、テリオンの瞳がさらに細くなった。
「何の話だ」
「盗賊のキミが、仕事場になりそうな場所を離れてこういうところにいるからね。建物や景色に関心があるような性格でもないだろうし……ならば、理由は別にあるのかと思ったんだ」
「……」
テリオンは答えない。ただ、サイラスを半ば睨んでいた碧の瞳が、わずかに逸らされた。
「私もオフィーリア君の説話は楽しみだよ。けれど、少しだけ思うんだ。……彼女にも、人としてこの祝祭の場にいられる機会があればいいのに、とね」
靴下から贈り物を貰った時の話、リアナと一緒に屋台で食べ物を買った時の話をしていた時のオフィーリアは年頃の少女らしい顔をしていて、サイラスから見てもとても可愛らしかった。彼女が祝祭の日にそんな顔でいられることを願うのは、自分だけではあるまい。
「さて、私は贈り物のことをもう少し考えなければいけないから、行くことにするよ。……明日の待ち合わせは覚えているよね?」
テリオンが頷くのを確認して、サイラスはあっさりと丘を降りて行った。──あまり言っても逆効果だろうしね、と内心で呟きながら。
それに自分のことももう少し考えなければならない。そろそろ日が傾き始めている頃だ、ぐずぐずしていると店が閉まってしまう。サイラスは再び目抜き通りへ戻っていくのだった。
その夜、エリザの家ではトレサ、プリムロゼ、ハンイット、エリザの四人が食卓を賑やかに囲んでいた。
「それで、いい買い物はできたのかしら、商人さん?」
エリザが快活に聞けば、トレサは顔を輝かせて頷いた。
「とっても! フレイムグレースにこんなにたくさんいいお店が集まってるだなんて思ってなかったわ」
「そうでしょう、聖火教の町だけど意外と商売も盛んなのよね。ここは雪国だし、巡礼客からもお金を貰わないと聖堂も宿屋も維持が難しいから」
「なるほど、聖火教の本尊にもいろいろと苦労があるんだな」
「雑貨やアクセサリーも良かったけど、食べ物もすっごく美味しかったわ~。特にあのクラップフェン!」
今もかりかりに焼いたパンの薄切りにスープをたっぷりと含ませたばかりだというのに、トレサは揚げパンの味を思い浮かべてにっこりと笑う。それを聞いて反応したのはプリムロゼだ。
「あら、あなたも食べたのね。私もママレードの食べたけど、すごく美味しかったわ。ハンイットもきっと気に入ると思うわよ」
「そうか? それほどなら、明日食べてみるとするか」
ハンイットも笑みを浮かべて頷いた。クラップフェンは自らの得意料理のひとつだ、美味しいものと聞けば気になる。
一方、サラダに混ぜた林檎とチーズを齧りながら、トレサがプリムロゼに話しかける。
「やっぱりプリムロゼさんも買い物に出てたのね、全然気づかなかった」
「人でごった返していたしね。さすが聖火教の本尊だわ、ノーブルコートも賑やかだったけど、全然違うもの」
「わたしも夕方に少し出てみたが、確かに人がたくさんいたな。……こんなにたくさんの人が贈り物を探しているのかと思うと、すごいことだと思ったよ」
ハンイットが言うと、そうですよねとトレサが俄然身を乗り出した。
「あたしも今日一日歩いてみてすごく勉強になったわ。その人が本当に喜んでくれそうなものを選ぶのって、本当に難しいけど……だからこそ、あたしたちの仕事は大事なのよねって実感したわ」
それを聞いて、プリムロゼがふふっと微笑んだ。
「本当にそうね。ここへ来る前は商売っ気なんて言ってあなたのことからかったけど、確かに大事な仕事だと思うわ」
「えへへ、ありがとうございます。……だからプリムロゼさん、明日は期待しててくださいね」
「? 何のことかしら?」
不思議そうにプリムロゼが首を傾げたが、トレサは慌てて「秘密です」と笑って誤魔化した。
つい我慢できずに仄めかしてしまったけれど、これ以上は絶対に言えない。きっと明日の『その時』は二人にとって大事な時間になると分かっているからだ、黒子役の自分が出る幕ではない。
代わりに、ここにいない『彼女』の話を出す。
「それにしても、やっぱり寂しいですよね。ここにオフィーリアさんがいないの」
「……そうね」
プリムロゼがため息をついた。もう長いことオフィーリアを交えた四人で一緒に夕食を囲んでいたのだ、仕方ないとはいえ、物足りなさをプリムロゼもハンイットも昨日から感じていた。
「せめて、一度くらいはこうやってみんなで食事ができたらいいんだがな……」
ハンイットの言葉に、エリザがそれは難しそうねと首を振った。
「多分、式典のあとも大聖堂の方で食事しちゃうと思うわよ。いろいろとしきたりもあるみたいだから」
「そうね、そういうのはあるでしょうね」
元貴族の令嬢だったプリムロゼにも『しきたり』とやらには身に覚えがある。行事の後には儀式的な食事会はつきものだ。
明日の夜だけは、旅人たちが全員エリザ家に集まって夕食を取る約束をしていたのだが、おそらくオフィーリアは参加が難しいに違いない。
「せめてひと時だけでも、一緒にいられたらいいのにね。……これじゃあんまりだわ」
今頃大聖堂にいるだろう仲間を思って、三人の女性はため息をつくのだった。
そして、ほとんど真夜中になったころ。
ようやく準備にひと段落ついたオフィーリアとリアナの姉妹が、自分たちの部屋で酷使した体の重さにため息をついた。
「はぁぁ……わたしたちよく頑張ったわね。お疲れ様、オフィーリア」
「ええ、本当に。リアナもお疲れ様です」
「分かってたつもりだったけど、こんなに忙しいなんて思わなかったわ。オフィーリア、ちゃんと説話の言葉考えられた?」
「う、それは言わないで……緊張してしまいます」
本当に緊張したように目をぎゅっとつぶってしまったオフィーリアの肩を、リアナがごめんねと言って軽く叩く。
努めて肩の力を抜きながら、オフィーリアは笑顔を作った。
「でも、言いたいことはずっと前から決まってるんです。……だから、きっと大丈夫だと思いますよ」
「……そう。やっぱり、『円卓の祀り』だし……あの旅人さんたちの話かしら?」
「……ええ。今のわたしには、一番大切なものですから」
「そうよね。……ねえオフィーリア、本当は寂しいんじゃない?」
「何のことですか?」
きょとんと首を傾げたオフィーリアに、リアナが畳みかけた。
「だから、ここにいることが、よ。……せっかくできたお友達なのよ? 本当なら一緒に過ごせたらいいのにって思わない?」
「……」
オフィーリアはすぐに答えられず俯いてしまう。──確かに、寂しくないと言ったら嘘だった。
オルステラ十二神が初めてひとつの卓に会したところを発端に成された、今周りにいる人々との絆を確かめ合い、出会えたことを神に感謝する、聖火教の中でも大切な祝祭。そんな晴れの日を式年奉火の中で出会った仲間たちと、たった一度、たった一夜でも、過ごすことができたならと思わなかったことはない。
「でも……ここで神官のお勤めを果たすことがわたしの役目ですし……わたしにとっても大切なことだもの。皆さんもわたしのお話を聞きたいって言ってくれてたから、頑張りたいんです」
「……ま、そうよね。それに望んだとしても、あなたからは勿論、わたしからもお願いは難しいわね。司祭様たちに大反対されるわ」
と口では言いながらも、リアナは顔をしかめて顎に手を当てる。そんな彼女の気持ちこそ、オフィーリアには嬉しかった。
「ありがとうリアナ。でも、わたしは平気です。『円卓の祀り』でなくたって、みんなの幸せを願う気持ちは伝えられるもの」
「……そうだけど……」
特別な日だからこそ伝わること、言えることはあるとリアナは思う。連綿と続く日常では誰もが生きるのに必死で、だから節目を迎えられることをみんなで喜ぶことが貴いと知っている。
あーあ、とため息をついて、リアナは自分のベッドにばたりと倒れ込んだ。
「誰か、オフィーリアをここから連れ出してくれちゃわないかしら。そしたらわたし、いくらでも後のことは辻褄合わせるのに」
「リアナったら、そんなこと言って……」
「旅人さんたちの中にそういう人はいないの? ……あっ、あの盗賊の人とか! テリオンさんだったっけ、仲良かったわよね?」
リアナはウィスパーミルで一度だけ旅人たちと夕食を共にした時、オフィーリアが剥いた林檎を受け取った青年のことを覚えていたのだった。
その名前を聞いて、オフィーリアは俯いてしまった。
「……確かに、嫌われてはいないとは思うんですが……きっと、来ないと思います」
「どうして?」
「テリオンさんは、すごく優しい人ですから……わたしのやりたいことも、立場も尊重してくださると思うんです。……他のみんなもそうなんですけど」
「……そう?」
俯いたオフィーリアを、リアナはじっと見つめる。けれどオフィーリアは勢いよく顔を上げると、リアナに微笑みかけた。
「さあリアナ、もう寝ましょう! 明日も早いですし」
「……そうね。寝ましょうか」
これ以上何かかける言葉も見つけられなかったリアナは、大人しく頷くのだった。
寝る前に必ずするお祈りをオフィーリアと並んで捧げながら、心の中で強く願う。
──どうか、オフィーリアが幸せな日を迎えられますように。式年奉火に、邪悪な教団と闘ったこと、本来自分が負うべきものを代わりに背負ってくれた大切な姉妹が、その褒賞ではないけれど、本当に心から大切に思う人と大切な時を過ごせますように。
わたしが十二神の遣いになれるのなら、そんな奇蹟を彼女にあげたい、と。
そして、いよいよ円卓の祀りの日の朝がやってくる。