あなたの星になりたい

6. 魔法を解く明日

 彼らがク国を出て間もなく、足を踏み入れたリーフランド地方でキャンプを張った日。アグネアたちはまだ見ぬ明日を肴に夕食を取っていた。
「旅で学んだことを、祖国の友たちのために活かしたい」
 そう語ったヒカリの表情はまっさらな空のように晴れやかだ。そういう顔を見ると、彼はやっぱり王様なんだなあ、とアグネアは思う。
「ヒカリくんなら、きっとみんなを幸せにできるよ」
 真実、心の底からの言葉をアグネアは贈った。初めて出会ったときから、先日の鎮魂祭での出来事まで、ヒカリの心のあたたかさと大きさに触れた思い出があるからこそ確信する。
 だからこそ、アグネアが目指す“明日”はもう決まっていた。
「あたしは、世界中を踊って巡りたいな! 足が千切れるまで!」
 ──それが一番いいことなんだと信じた。ヒカリにとっても、自分にとっても。
「じゃ、蒸気機関車で世界中に幸せを届けてやるぜ!」
 アグネアの語る夢にパルテティオが乗ってくれて、続けてキャスティも応援してくれる。旅人たちが胸に抱くそれぞれの“明日”は大きな希望となって、キャンプの夜にあたたかな光を放つ。


 それなのに、ソリスティア大陸はその日から“暗黒”に覆われてしまった。
 夜は明けず“明日”はいつまでも訪れない。大陸は闇に包まれたまま──


(これが、テメノスさんが気にしていたことなのかな)
 先だって、ク国の重臣たちへいつか訪れるだろうと神官テメノスが告げた“暗黒”の脅威。昨晩、旅人たちが夢を語る中彼がつぶやいた『歯に肉が挟まったような』感じは、これを指していたのか。
 しかし詳しいことは何もわからないまま、アグネアたちは明けない夜の調査に乗り出した。
(あたしたちが、何とかするんだ)
 夢に導かれ、鏡に映した景色を追い、彼女たちはだんだんと核心へと近づいていく。
 そんな中、剣士ヒカリはついにずっと探していた人物の面影を見出す。ク国との戦争以来姿を消していた、軍師カザン──手記に刻まれた『オボロ』の行方を。
 鏡に映された聖火の記憶は、カザンこそがムゲンを王に立てク国を戦火に巻き込んだ張本人なのだと。
 “明日”を望まぬ者たちのひとり、いや、中心たる人物であったのだと。そう語っていた。


「カザン……なぜ……」
 深い衝撃を受けたヒカリは、並んで鏡を覗き込んでいたアグネアにぽつり、ぽつりとカザンとの思い出を教えてくれた。軍師カザンはヒカリが幼い頃から一緒で、いつも血の流れない世について語っていたという。そんなカザンと己の理想は違うものだったのだろうか、と、寂しそうに。
 アグネアは何も言えなかった。そんなことないよ、と言えたならどんなに良かっただろう。
 けれど実際は、カザンはヒカリも知らない“陰”を抱え続けていたのだった。オボロという真名を隠したまま、ずっと彼は彼の目的の為に動き続けていた。彼自身がソリスティア大陸という世界の歪みによって傷つき、悲しみながら。
「止めなければ、俺たちが」
 ヒカリにどんな言葉をかけたら、彼を助けられるだろうか。必死に考えていたアグネアを呼び戻したのは当のヒカリだった。決意を乗せた声は力強く、むしろアグネアを励ますようで。
「そうだね。……あたしたちで取り戻そう」
 だったら、アグネアも応えるしかないではないか。
 血の流れない明日、みんなが幸せになる明日は、自分たちが取り戻さなければならないのだ。


 歩むべき道を進もうとするヒカリの背中は、深い悲しみにもかかわらずいつも通り真っ直ぐだった。
(ヒカリくんは、強いな……それに比べて、あたしは……)
 こんなにヒカリが格好良いのは、彼が王様だからなのか。道を切り拓く剣士だからなのだろうか。肝心な時に何も言えないで、彼の手に助け起こされてばかりの自分が情けない。
「ごめんね、ヒカリくん」
 堪えきれず、アグネアは謝罪を零していた。
「せっかくカザンさんのこと、教えてくれたのに……あたしったらなんも気の利いた事言えねえでさ」
 ヨミのときと同じだ。長きにわたる旅の果てを越えても、アグネアは踊りだけが取り柄のしがない田舎娘のままだった。みんなが生きてきた旅路のことも、これから生きていく旅路のことも、きっと本当には理解できていないのだろうから。
「こういうとき、ヒカリくんのこと元気づけられたらいいのに……」
「何を言う、アグネア。俺は十分元気を貰ったぞ」
「え……?」
 俯いてしまった顔を上げる。ヒカリはこんな時なのに、優しい微笑みをアグネアに向けていた。
「共に、カザンのことを想ってくれただろう?」
「……」
「そなたはいつでも、他人のことに心を砕いて寄り添ってくれていたではないか。リツのこと、ク国の友のこと、ヨミ殿のことも……そうして同じように思いを分かち合ってくれたからこそ、俺は今前を向けているんだ」


(だって、あたしにはそれしかできないから)
 人にはそれぞれの事情があり、想いがある。理解はしきれずとも、精一杯想像して寄り添って、その過程で感じたものをアグネアは踊りで表現してきた。それが彼女の旅路だった。
 それで良いのだと、ヒカリはいう。


「そなたの優しさには、いつも助けられている。……ありがとう、アグネア」
「ヒカリくん……」
 お礼を言われるようなことはしていないのに、それでもヒカリは真心からアグネアに感謝を伝えてくれていた。嬉しくって泣けてきそうだ。
「ヒカリくんはいつも頑張ってるんだから、もっと周りを頼っていいと思うよ」
「そうか? ……そうだな」
 ヒカリが頷く。どうかその通りであって欲しいとアグネアは願う。
 自分たちは助け合って、最後まで旅を続けていくんだ。──だって、あたしたちは“友”でしょう?
 そんなアグネアの想いをヒカリは理解してくれたのだろう。真っ直ぐに彼女を見つめて、こう言ってくれた。
「厳しい戦いになるだろうが、もう少しだけそなたを頼らせてくれ」
「うん! 頑張ろう、一緒に!」
 とびきりの笑顔でアグネアは応えた。“暗黒”の脅威に立ち向かうこれからのことは、本当は少し怖い。でも、こうして一緒に同じ目標に向かって頑張れるのはきっと今だけだから。
 ──頑張って“明日”を取り戻したら、そのあとあたしたちは。
「……ふ、その顔だ。アグネア」
「ん、なに?」
 拳を固めて気合を入れたところに、ヒカリが突然言い出した。


「そなたは笑顔がよく似合う。俺はそれで何よりも力を貰えるよ」
 それこそ、どきりとするくらいの優しい微笑みとともに。


「え……あ、」
 あやうくアグネアは叫び声を飲み込んだ。だというのに、ヒカリは何事もなかったようにすたすたと歩いていく。
(何言ってんだべ、ヒカリくん!)
 アグネアの心は悲鳴を上げていた。名状できない想いが膨れ上がって、胸が潰れてしまいそうだ。
 自分たち二人、それぞれが望んだ“明日”の姿に、この気持ちは望まれていない。望んではいけない。ヒカリだってそれを分かっているのではないのか。
 ぐいとアグネアは手の甲で顔を擦った。目指すべき場所はみんな分かっている。だからあとは向かうだけだった。
 本当の“旅の果て”を迎え、みんなの幸せが待つ“明日”へと。


 そして、アグネアたちは大海に浮かぶ世の果てで、暗黒神に立ち向かっていった。
 八人の力を合わせてもなお、暗黒神の力は強大で──それでも、彼女たちは打ち勝った。
 “我は常にある”暗黒神が最後に残した言葉が、アグネアの胸に刻み込まれた。
(そうだね……この先も、旅には──人生には、つらいことがきっとある)
 だからこそ、希望の歌い手が世界には必要なんだ。母さんや、ドルシネアさん、ジゼル座のみんなや、ライラのように。ソリスティア大陸にこれからも生まれるであろう闇に触れ、絶望に伏した人々を励まし、笑顔にするために自分の旅路がある。
 一度にたくさんの人を救うことはできないかもしれないけれど、己がもたらす笑顔のひとつひとつが、世界の夜に煌めく星になるはずだ。
 まだまだ、ここから。アグネアの新しい朝は、今始まったばかりなのだ。


  ◆


 黄金色の暁光に照らされた大海原を、踊子アグネアたち、八人の旅人を乗せた船が往く。
(きれい……)
 朝陽を受け青く煌めく海面を、彼女はいつまでも飽きずに甲板から眺めていた。この先も何度も眺めるだろう海は、その度に踊子を新しい明日へ連れていくに違いなかった。


「アグネア、ここにいたのか」
「……ヒカリくん」
 甲板に立ち尽くすアグネアに、剣士ヒカリが声をかけた。高い位置で括った黒髪と、ク国伝統の真っ赤な装束が海風になびいている様を見て、やっぱり格好いいなあと思うアグネアだった。
 彼もアグネアの隣にやってきて、同じように船の柵に肘をついて水平線を見やる。
「こうして船の上から、何度海を眺めただろうな」
「そうだね。今日はいい天気で良かったよね、すっごく青くって綺麗」
「……この先、再びこの景色を見るのは、随分先になるのだろうな」
 つぶやいたヒカリの声音は、万感の想いがこもったような重みがあった。そう、彼はこれから砂漠の国へ帰るのだ。
「……ヒカリくんは、ク国に帰らないといけないんだもんね」
 それは、旅の初めから分かっていた厳然たる事実にして、現実。どんなに彼らが葛藤しても、仲間たちが見守ってくれていても、変えられない明日。
「アグネア」
 ヒカリの声が、踊子を呼んだ。
「そなたは──」
 彼の漆黒の瞳がアグネアを真っ直ぐに見る。薄い唇が開き、何事かを告げた。
 しかしその刹那に海風がざあと吹き渡り、彼の言葉を攫う。
「……え?」
 アグネアは蒼い瞳を丸くして聞き返した。だが、ヒカリは瞳を伏せて微笑み、僅かに首を振った。そして。


「──明日からは世界中を回るのだろう、皆を幸せにするために」
 ヒカリの口から、アグネアの道行きを告げられて。
「うん。……母さんみたいにね」
 アグネアは素直に受け入れ、頷いた。こうして、魔法の時間は終わった。
 最後まで名付けられることのなかった想いは、光とともに迎えた明日へと消えていった。


「故郷には帰るのか?」
「うん、そのつもりだよ。クロップデールで少しだけ羽休めして……それからまた、西大陸を回ろっかなって。次の曲も作りたいし」
「そうか。……楽しい旅になるな、そなたなら」
「ヒカリくんは? ク国に帰ったら、何をするの?」
「そうだな……まずは何はともあれ、壊れた街の復興をしなければ始まらんからな……」
 まるで旅の間にしていた他愛のない話のように、二人それぞれの旅路で何をするか、展望や未来をお互いが話していく。
 アグネアの次の目標は、おそらくニューデルスタの大劇場に主演の踊子として立つことだ。あの舞台は“舞踏姫の宴”と同じくらい栄誉あるものだから。そしてあの舞台はかつて母クアニーやドルシネアが立った場所でもある。
 そうアグネアが話すと、ヒカリはまるで自分のことのように自信ありげにアグネアに頷いた。
「そなたなら、誰よりも希望と笑顔をもたらす“スター”になれると、俺は確信している」
「うん、ありがと! ヒカリくんも、絶対みんなを幸せにする王様になれるよ」
「そうなるよう、精一杯努めよう。……そなたには何度も励ましてもらった。このことは絶対に忘れない」
「あたしの方こそ! あたしが最後まで頑張れたのは、ヒカリくんがそばにいて、応援してくれたおかげだから」
 胸の中に抱いた願いは、感謝の言葉と笑顔に変えていく。それでも、幾つ言葉にしても足りないくらいに感情が溢れていく。


「本当に……今まで一緒に旅ができて、すっごく楽しかったよ」
 いつまでも終わらなければいいと願うほどに。だけど旅を続ける限り、同じところに留まっているわけにはいかないのだ。
「俺もだ。この旅の間そなたと過ごした時間は、何よりもかけがえのない時間だった」
 ヒカリが微笑んでいる。眩しい朝陽に照らされたその姿は、金色に縁取られて悲しいほどに美しかった。
「だから、泣かないでくれ。アグネア」
「……っ!」
 いつかのように、眦から零れたものを指先に払われて、アグネアの肩が跳ねた。
 ──泣いてちゃだめなのに。最後なんだから、笑っていなくちゃいけないのに。
「ごめんね……ちゃんと、笑えるようにするから……あたしは“スター”なんだもんね」
 でも、頬に添えられたままの指先があまりに優しいから、気持ちが溢れて止まらなくなってしまう。本当は寂しくて寂しくてたまらないのに、それだけは言葉にできない。
 この道を選んだのは、アグネア自身なのだから。
「ありがとね、ヒカリくん……あたしと一緒にいてくれて、ありがとう」
「俺こそだ。最後まで共に在ってくれて、ありがとう……アグネア」
 雫になり落ちていく想いを、彼が再び掬うことはなかったけれど。だが、海に溶けるさまをそばでずっと見守ってくれた。
 それは彼女にとって大きな慰めであり、夜の底で微かに煌めく希望だった。


   ◆


 ──八人の別れは、踊子の故郷にほど近い土地で、夕暮れと共に訪れた。
 照れくさそうに礼だけ言い残したソローネ。
 肝心なことは言わずに颯爽と去ったテメノス。
 端的な言葉に再会と仲間への想いを込めたオズバルド。
 大好きだよ、と満面の笑顔を置いて行ったオーシュット。
 最後まで薬師らしい気遣いを見せたキャスティ。


 そして剣士ヒカリは、踊子アグネアに言った。また会おうと、彼女を“友”と呼んで。
「うん、きっと遊びに行くよ、ク国へ。楽しみにしてるね」
 今度は笑顔で、ちゃんと応えられた。ヒカリもまた、あの優しい王子様の笑顔とともに餞を添えてくれる。
「そなたの、“スター”の輝きが失われないことを信じている。踊子として、存分に励んでくれ。……いつか、また会う時を、俺も楽しみにしている」
「……ありがと、ヒカリくん」
 ヒカリのあたたかな心から生まれた言葉が、アグネアの胸に光を灯してくれる。その想いを胸に抱いて、アグネアは頷いた。
 彼も頷き返し、そしてク国の方へ去っていった。振り返ることのないその背中は、相変わらず真っ直ぐだった。
 それぞれの旅路へ出発していった仲間たちの背中を押すように、夕暮れ時の風が木々をざわめかせながら吹いていく。


「くそ……湿っぽくなってきやがった」
 不意にわざとらしい悪態をついたのは商人パルテティオだ。アグネアが最初に出会った旅の連れは、最後までアグネアのそばに残ってくれていた。
 湿っぽくなったのは随分前からじゃないの?──なんて、いつもみたいに軽口で返そうとしたアグネアは、しかし次の瞬間息を飲んだ。
 パルテティオが、じっとアグネアを見つめていたからだ。しかもその灰青色(スチールブルー) の瞳は、驚くぐらい水っぽい。
「……おまえら、本当によかったのかよ、これで」
「パルテティオ……?」
「アグネアは、ヒカリと一緒に行かなくて良かったのか? ……いやちげーな、ヒカリの方がアグネアを引っ張ってきゃよかったんだ、どうして……」
「……パルテティオ、もしかしてあたしたちのこと」
 帽子をぐしゃりと握り締めながら、ずっと仲間内で兄貴分のようだった商人が悔しそうに嘆いている。
 パルテティオが、いや旅の仲間たちみんなが、アグネアとヒカリの関係をずっと見守ってくれていたことをアグネアは知っている。でもそのことを、パルテティオがアグネアと話すのはこれが初めてだった。
「ああそうだよ、俺はずっとおまえら二人が幸せになってくれたらいーのになって思ってたさ。……ヒカリのやつが、この旅の間、おまえのことどれだけ大事に思ってたか……!」
「……」
 パルテティオとヒカリの二人は、八人いた旅の仲間の中でも年が近かった。それだけでなく、苦難を経て人々と幸せを分け合う哲学に辿り着いた商人と、血の流れない世を作ろうと腐心する剣士は考え方も近かったようで、仲が良かったのだった。二人で酒を飲みながら、どんな仕事をしたら大陸が豊かになるかで盛り上がっていたのを、アグネアは聞いたことがある。
 でも、いつのまにこの二人の間で、アグネアの話をしていたんだろう。


「おまえだって、旅が終わるのがつれーくらい、ヒカリが大事だったんだろ。……どうしても、選べなかったのか? ヒカリなら、アグネアの夢も大事にしてくれただろうに」
 自分のことのように心を痛めるパルテティオに、アグネアは思わずくすりと笑ってしまった。彼の気持ちはありがたくもあったが、自分以上に終わりを惜しむ彼がなんだかおかしくもあった。
「いいんだよパルテティオ。これがあたしの選んだ“明日”だもん。これが一番いいはずなの、あたしにとっても、ヒカリくんにとってもね」
 たくさん悩んで、たくさん泣きもしたけれど、おかげでいまのアグネアの心は夜空のように澄み切っている。
「あたしはク国のお妃さまにはなれないけど、ヒカリくんのところまで届くくらい輝く“スター”にはなれる。そう信じてるんだ」
 それに、旅はここで終わりじゃない。この脚が動く限り、可能性はいくらだって広がっている。
「ヒカリくんに胸を張れるくらいホットな踊りができるようになったら、会いに行くって決めてるの。……ううん、ヒカリくんの方から来てくれるくらいの“スター”になれたらいいな。
 ……ほら、ヒカリくんだってたまにはお出かけしないと! 王様の仕事って大変そうじゃない?」
 そんな“明日”を想像すると、胸がわくわくするのだ。しかもキャスティがかつて教えてくれたように、ヒカリの想いはずっとアグネアの心のそばにいて、自分の夢を応援してくれている。
 なぜなら旅の最後の最後まで、ヒカリはアグネアを想ってくれていた。そして、アグネア自身も。
 だから、これでいいのだ。──あたしはちゃんと、夢も願いも手に入れているんだよ。


 心の赴くまま、くるりとステップを踏む。つまずくことなく華麗に決まったターンに、パルテティオが息を飲んだ。
「……そっか。やっぱ、ヒカリの言う通りだったな」
 兄貴分は苦笑して、親指でぴんとリーフ硬貨を弾くと受け止める。彼一流のいつもの仕草だ。
「俺が最初に目利きした通り、アグネア・ブリスターニは大した踊子だよ。おめーの人を惹きつける魅力は、世界中の人々で分け合っていかねーとな」
 そして片目でウィンクまでしてみせる。格好つけの極みのような態度でも、パルテティオがやるとさまになるのが不思議だ。彼の方こそ人を惹きつける力を持っている、そんなパルテティオが自分の価値を褒めてくれて、アグネアは心底嬉しい。
「ふふ、ありがと! パルテティオ」
 踊子一流の、心からの笑顔を受けたパルテティオは、よし、と自身に気合を入れ直した。
「じゃ、俺も行くわ。さよならは言わねーぜ? 一リーフにもなんねーからな」
「うん。またね、パルテティオ」
「……またな」
 そうして、商人パルテティオもアグネアに背を向けて、彼自身の道へ旅立っていった。


 ついに、キャンプの丘の上には踊子アグネアだけが残される。森の木々が描く地平線に沈む太陽が、まるでスポットライトみたいに彼女を紅い光で照らしていた。
 太陽は沈み、夜が来て、また明日が訪れる。こうしてアグネアの、みんなの旅が始まっていく。
「踊り続けなきゃ……みんなとまた会う日まで!」
 前を見据えた彼女の蒼い瞳には、一番星が放つ希望の光が映っていた。